ロズウェル事件~最近の進展~

ロズウェル事件は、1947年7月アメリカ合衆国ニューメキシコ州ロズウェル付近で、何らかの物体が回収されたことを含む、一連のできごとを指す。 ロズウェルUFO事件とも呼ばれる。なお、付近といってもロズウェルからは70マイル離れていたが、ロズウェル陸軍飛行場(のちの ウォーカー空軍基地(1967年に閉鎖))が深く関わったため、ロズウェル事件と呼ばれる。 本事件に関する情報はきわめて多数あり大変混乱している。何が信頼できるものかも判明していない。
当サイトでは、この事件に関する最近の進展を中心にご紹介します。【出典ウィキペディア】

専門的なUFO研究者による否定

ロズウェルUFO事件についての空軍報告がすぐさまもたらした成果の一つは、一部の著名なUFO研究家たちがロズウェル事件にいかなる異星人の乗り物も関わっていなかったと考えるよう決めたことであった。
最初の空軍報告はこれへの主要な理由であったが、もう一つは1948年の秘密文書の公開であった。その文書は、トップの空軍役人がメディアに報告されていたUFO物体が何であるのかを知らなかったことと、それらがソビエトのスパイビークルであるかもしれないと彼らが疑っていたことを示している。
1997年1月、著名なプロUFO研究家の一人である、カール・T・フロックはこう言った。「私の調査と他の者の調査に基づき、ロズウェルの一般的な近辺においてあるいは1947年にサンアグスティン平原の上に、単数または複数の空飛ぶ円盤がなかったとする絶対的証拠がないとこともありうる、ということ私は確信している。マック・ブレイゼルによって見つけられた残骸は…、極秘のモーグル計画からの確かな何かのほかはみな、非常に地球的な何かの遺物であった…。かつて極秘扱いだった1940年代中盤から1950年代初期までを通じて空飛ぶ円盤の謎を解く責任があった空軍上位幹部たちのあいだの通信と議論の記録がある。これは、彼らはいかなる墜落した円盤の残骸や円盤の乗組員の死体も持っていなかったが、しかし彼らはそういった証拠を得る見込みがなかったことを明白にしている…」。
ビル・クリントン大統領に、ロズウェル事件についてのあらゆる政府の情報を機密解除する大統領命令を発行するよう求める請願を組織したケント・ジェフリーKent Jeffreyも、同様に異星人は関わっていなかったらしいと結論付けた。
もう一人の著名な著者、ウィリアム・L・ムーアは、1997年にこう言った: 「ロズウェルに関する最近の発展を深く注意深く考慮した結果...私はもはやこの出来事にとって地球外の説明が最良の説明であるという意見を持たない」。ムーアはロズウェルについての最初の本、The Roswell Incident の共著者であった。

明らかになりつつある調査の不正とでっち上げ

同じころに、二人の著名なロズウェルの著者の間に深刻な亀裂が生じていった。ケヴィン・D・ランドルとドナルド・R・シュミットは対象についての数冊の本を共著で出し、スタントン・フリードマンと並んで、ロズウェル事件への指導的研究家として、一般的に認められていた。事件についての空軍報告が示すところでは、行われたと主張される基本的な調査が行われていなかった。これは1995年のオムニ誌の記事で立証された事実である。さらに、シュミットは彼が学士号、修士号を持っていて犯罪学の博士課程に従事している途中であると主張していた。彼は医学画家であるとも主張していた。検査が行われたとき、実際は彼はウィスコンシン州ハートフォードの郵便集配人であり、知られている学術的な資格を何も持っていなかった。同時に、ランドルは公的にはシュミットおよび彼の調査から距離を置くことにした。目撃者デニスによるロズウェル基地での消えた看護師の話についてのシュミットの調査を引き合いに出して、彼は言った: 「看護師への調査は彼(シュミット)があらゆることについて嘘をつくことを証明する。彼はあらゆる人に嘘をつく…。彼は自分が虚言癖の持ち主であることを明らかにする…。私はもう彼と何かするということはない」。
さらに、数人の顕著な目撃者たちがでっちあげを犯している、あるいは犯していると疑われていることが示された。フランク・カウフマンは1994年のランドルとシュミットの本The Truth About the UFO Crash at Roswell における異星人の報告の主要な情報源であり、彼の証言は空軍報告が編纂されたときに彼らによって「無視」された。しかし、彼が2001年に死亡した後、彼が文書を偽造しロズウェルでの彼の役割を膨らませていたことが示された。ランドルとマーク・ロドガーMark Rodeghierは2002年の二つの記事の中でカウフマンの信用性を否定した。

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ロズウェル異星人の死体解剖がロズウェル基地で行われたことと彼と他の者たちが脅しを受けたことを証言した、グレン・デニスも疑われている。1998年にランドルはデニスを「最後の信用できる」ロズウェルの目撃者の一人だと考えた。ランドルとシュミットの1991年の本UFO Crash at Roswell の中で、デニスの話は目立って取り上げられていた。しかし、ランドルはデニスが「我々が看護師が存在しないことを証明するやいなや彼女の名前を変えてきた」ために信用できないと言っている。デニスの話は研究家フロックによっても疑われている。

写真分析・ドキュメンタリー・新主張

UFO研究家デヴィッド・ルディアックDavid Rudiakは、1947年の残骸を撮った写真の一つに写っている一片の紙が異星人が回収されたことを認める文章を含んでいると主張した。彼らは拡大したとき、レイミー准将が彼の手の中に握る紙の上の文章が「残骸の犠牲者victims of the wreck」の語を含み、他の句は墜落した乗り物の回収という文脈であるように思われると主張する[46]。ところが、この文書の解釈は文字と語が不明瞭なために疑わしい[47]。
2002年、アメリカのケーブルテレビen:Sci-Fi Channelは、ブレイゼルの現場で軍が収集し損ねた未回収のあらゆる見過ごされた残骸を探す発掘の資金を提供した。これらの結果は今のところ失敗であるけれども、ニューメキシコ大学の考古学者チームは、一部の目撃者たちが彼らが長い、線形の衝突溝を見たと言った正確な地点で最近土壌の擾乱があったことを立証した。クリントン大統領の下でアメリカ合衆国エネルギー省の長官を務めた、ニューメキシコ州のビル・リチャードソン知事は見たところこの結果を刺激的に受け取ったようだ。2004年、彼はThe Roswell Dig Diariesの前文に、「この墜落にまつわる謎は適切に説明されたことがない―独立した研究者によっても、合衆国政府によっても」と書いた。
2002年10月にSci Fi Channelはロズウェルのドキュメンタリーを放送したが、その前に彼らはワシントンUFOニュース会議を開いた。クリントン大統領の首席補佐官ジョン・ポデスタJohn Podestaは、政府にこの対象についての文書を公開させるのを助けるためにSci-Fiによって雇われた広報活動会社のメンバーとして現れた。ポデスタはこう言った、「政府が25年以上古い記録の機密解除しこの事象の本当の性質を決定するのを助けるデータを科学者たちに提供するときがきた」。
2005年9月9日のインタビューの中で、前大統領ビル・クリントンは彼の任期でロズウェル事件へ関心を持っていたことを控えめに述べた。彼によると、彼らがそれを調査したのは事実だが、それは理性的な説明のつくものであると信じていてそれが起こったとは考えなかった。ところが、彼が下役やキャリア官僚たちによって欺かれた可能性があるという警告を彼はつけ加えた。もしそれが事実だとしたら、嘘をつかれていたあるいは決定的な情報を隠されていたアメリカ大統領は自分が最初ではなかっただろう、と彼は言った。
2005年2月、ABCテレビネットワークはニューズアンカー、ピーター・ジェニングスが司会を務めるUFOスペシャルを放送した。ジェニングスはロズウェルの事例を「少しも証拠がない」「神話」であるとして非難した。ABCは事件が単にモーグル計画の気球の墜落から起こったという空軍の説明を支持した。
2005年11月、アメリカ国防情報局(DIA)の中の高レベルグループの人々に属すると主張する匿名の情報源は、サーポ計画に関すると主張される情報を流し始めた。この流された情報は1947年7月にニューメキシコ州に墜落した二機の地球外UFOがあったことを認めると主張されている。サーポ計画はさらに一体の生き残った異星人の実在があったという主張を流す。主張によると、この異星人およびその故郷世界とのあいだに意思疎通が確立された。その異星人は5年に渡って生き続け1952年に死んだ。意思疎通は、レティクル座ゼータ星系にあると主張される故郷世界と続けられ、それは1965年と1978年の間の交換プログラムの合意を導いた。